■ニート、入院する■

8月21日。
DJO恵比寿大会。

大きなダーツの大会。

前日からなんか体調悪いなーって思ってて
まぁ、気のせいだろうなんて思って
でもその日はちょっと早く帰って。

当日めちゃくちゃ体がダルくて
でも、ダブルスだったから相方待ってるし
行かなかったら棄権になっちゃうから
無理して行ったんだ。

恵比寿会場に着いて開会式が始まって
予選が始まって

『MC…大丈夫?』

ダーツを持ったまま蹲る私に
相方が心配そうに声を掛けてた。

予選が始まってしばらくして

『…すいません…。
ちょっと、トイレ行っていいですか』

予選会の真っ最中だというのに
我慢しきれずにトイレに駆け込んだ。
ダーツは集中力勝負だから
本当は絶対そういう事しちゃいけないのに
予選の相手は私が帰ってくるまで待っていてくれた。

棄権されても仕方ないくらいの状況だったのに
相手の人も、相方も、心配そうに言ってくれたのは

『大丈夫…?』

トイレでその時私は吐いた。
それも大量の血。

予選会、相方の活躍もあり
決勝に進んだ。

予選から決勝までの空き時間約2時間以上。
その間にも私はしょっちゅうトイレに行っては血を吐いた。

『MC!お腹空いたっしょ。これ、買ってきたから食べようぜ!』

相方が無邪気な笑顔で
会場で売っていたフランクフルトを一本
私に差し出した。

正直食べられる状態じゃなかった。
会場に充満する屋台の食べ物の匂いも気持ち悪くて
入口によく逃げ出した。

決勝までにどれくらい血を吐いたのだろう。
決勝トーナメントが始まる頃には
私はもうすでに立っていられない状態になっていた。

『あぁ…早く終わってくれ…』

薄れていく意識の中で
優勝を誓った相方の顔とトロフィーが交差した。

意識を失い倒れた私は
救急病院で胃洗浄を受け、その後に胃カメラ、CT
レントゲン、点滴、と続いた。
レントゲンに映ったのは
食道から胃にかけての激しい傷と、血の塊。

『輸血を…』

医者の言葉が脳裏に焼きつく。

いつ死んでもいいなんて思っていた筈で
いつ死んでも後悔しない生き方を望んでいた筈で
実際そうやって生きてきた筈なのに
頭に真っ先に浮かんだ事は

『シニタクナイ…』

次の週には湾岸もあるし
隅田川の花火を見に行く約束も
湾岸で今度こそ優勝する約束も
まだまだやりたいこともあるし。

ユニフォームを抱き締める。
MCという私のカードネームが袖に入った
ユニフォーム。
誰もが

『カッコイイ!』

と言ってくれるユニフォーム。

『入院して下さい』

シニタクナイって本気で思っていた筈なのに
私は次の日無理矢理退院した。
医者の反対を押し切り
ただ、一つのワガママの為に。

湾岸。

今度は団体戦。

DJOや湾岸やMJ。
数あるたくさんの大きな大会。

『MCが出たいなら、いいよ』

大会嫌いの初代が言ってくれたその言葉。
叶ったのはたった一度きりのハウトー。

本当だったら一緒に出ていたのかもしれない。

初代はもう、ダーツはしない。
だけどこの先私はまだ
初代が教えてくれたダーツを
やっていくのだろう…。

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■ニートの原点■

大きなダーツの大会を
今度の日曜日に控えてる。

茶髪に教えてもらったダーツ。
茶髪の部屋の壁にかけてあったダーツボードで
ふざけてダーツを投げていたのが始まりだった。

同じバレル、同じHOME…。
最初は全然ボードに刺さらなくて
紙飛行機を折ってくれて
それを飛ばしていたっけ。

ダーツは紙飛行機を飛ばすように
投げるんじゃなく飛ばすんだよ、と。

今ならあの紙飛行機
真っ直ぐ飛ばせますか?

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■ニートのさよなら■

荷物を撤収してきた。

たった一ヶ月くらいの同棲だったのに
思ったよりも荷物が多くて。

服と靴を持ってくるだけで精一杯で
彼の家用に買った
新しいノートPCは
そのまま彼の部屋に置き去りになった。

元々メインで使ってるノートPCは
当日のうちに撤収してきたから
そのPCはいらないものだったんだけど。

それなりにいいスペックだったんだよ。
でも貴方は

『今日残っているものは
全て廃棄します』

って、もう絶対来てほしくないみたいだから
残ってるわずかな服と
そのノートPCは
きっと廃棄されるのだろう。

貴方が知ってるパスワードじゃないよ。
ソフトも全部削除した。
フォーマットかけるまでは
さすがに時間がなかったけれど
貴方が知ってるパスワードではないから
きっとそれ使おうと思っても使えないよね。

ゲストログインして
新しく自分のアカウント作れば
入れるのかな?

…。
荷物とってきて
ちょっとは気持ちが落ち着いた気がするんだ。
ほんと、気がするだけだけど。

DJOも湾岸も近い。
大きなダーツの大会。
今はそれに向けて集中して頑張るよ。

そう、貴方が教えてくれたダーツで
私は貴方を忘れる努力をする。

『ここが、みやびの家でしょ?』
『俺もみやびが一緒にいる生活が
当たり前になってきたよ』
『みやびが作る料理はいつもおいしいね』

あの人がくれたたくさんの優しい言葉を
今想い返してる……。

あんなにも優しかったあの人。
私は自分でその優しい彼を手放した。
呆れるくらいに自分勝手な私に
自業自得だとおそらく周囲の人は言うだろう。

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■神様■

神様…

もう一度だけ…。

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■again。■

『俺はお前の事好きじゃない』
『俺はお前の事愛してない』
『お前は俺の特別じゃない』
ねぇ…好きとか愛してるとか
特別という言葉が欲しいわけじゃないわ。

貴方はそんな言葉を言わない…
そう分かっていて勝手に好きになったのは私。
私に心がない事なんて最初から知ってるわ。
ねぇ…私は何も望んでいないの。
それをキレイゴトと思うのなら、それでも構わない。

ねぇ…私に話してくれた事が全て嘘だったとしても、
その“嘘という真実”をずっと貫いていてね?

哀しいくらいに貴方を信じている馬鹿な私をうまく操っていて。
行き先さえも知らない、だけど重くのしかかる現状を
それでもなんとかしようと背を向けずに突き進んで行く
強さを持った貴方を信じているの。

『後悔するくらいなら最初から何もしない』

のだと、引き返す事も…立ち止まる事もない、
背負った傷の分だけ優しさを求めてる貴方に
ついていこうと思ってた。

『貴方が散る最期の瞬間まで
どうか私が安らぎの場所になれますように』

…と。
貴方が笑顔でいられますようにと。

ねぇ…私が大切に守ってきた綺麗な硝子のビーダマが
落ちて割れないように。
その強さも輝きも優しさも…そう、全てが偽りだったとしても
“それは真実なのだ”と思わせていて…。

そこに在る筈のない答えを求めてた。

ずっと何かに向かって走っていないと
行き場所を見失ってしまうそうで。

壊れそうなものばかりを集めて
これ以上傷付かないようにとケースにしまって
眺めて大切にしている気になっていた。

残酷な現実から目を反らして心を閉ざし、
『もう何も誰も信じない』と誓って。

本当は永遠なんて言葉がない事を知っているのに
誰よりも永遠を欲してる。

動き出さなければ何も変わらないのに
変わっていく事を畏れてる。

ねぇ…貴方が自分で見付けて歩き出した道を輝かせる為に
私が必要ならば、
私は全てを捨てても貴方に自分を差し出すのに。

引き返すのはカンタンで、諦めてその場に座り込めば
それだけでラクになれるのに

『無理だよ』

と不思議そうな顔で見送る周りの言葉にも耳を貸さないで。
辿り着く場所が何処にもなくても、時に傷付いても、
『大丈夫よ、心配ないわ』
と頷ける強さを教えて…。

本当は分かってた。

近付けば近付く程に遠く感じる距離を分かりたくなくて
目を背けてた。

自分に都合のいい事ばかりを記憶して、
キレイなものしか見ないで、汚い事を遠ざけてた。
本当に大切なものだけあればいいと思うのに、
現実はそうもいかなくて…。

『会いたい…』
と言う言葉も今日の雨と一緒に流されて。

一人で走り続けてふと周りを見た時に、
そこに誰もいない事を始めて知った。

『幸せ』
の言葉の実態も分からずにまるで何かから逃げるように
それを追いかけてた。

独りよがりの恋愛なんて恋愛とは言わない…。

出会ったあの頃は全てが愛しくて、
その笑顔を見るだけでも満たされていたのに。

今あるのは受け止めきれずに私の手をすり抜けて
落ちて割れてしまった硝子の欠片?
夢中で掴む事の出来ない何かを追いかけて、
引き返す術も持たなくて、ただ立ち尽くす私は
何処に辿り着くの…?

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■ニート弐代目総帥■

彼が作ったダーツのチーム。
今は人数も増え
カードにこのチーム名を掲げてる人が
何十人いるのだろうか。

彼はチームを作った『初代総帥』

一枚のカードにつき
一つのグループしか作れないこの設定で
彼はダーツ歴3年にも関わらず
自分のカードでグループを作る事なく
それを守ってきた。

そして今回初めて
カードネームを変え
自分のカードと引き換えにチームを作った。

『カードは二枚いらない』

その言葉の通りに
茶髪は最初に作ったカードを
ずっと使い続けている。

私と別れ、茶髪はダーツをしなくなった。

初代総帥から、弐代目総帥へ。
『大会、どういうチーム分けにしますか?』

チームの人が問う。
私は何も答えられず、じっとバレルを見つめている。

『どうしますか?総帥』

胸が締め付けられるような、想い。

HOMEにも新宿にも行きたくなくて、地元で投げる。

『弐代目就任おめでとうございます』
『おめでとう!』

地元の人たちが言う。
おめでたくないよ。
泣きながら投げてる私に対してそれを言うの?

『みんなのカードを集めて、シャッフルで』

そう言うのが精一杯だった。
ダーツしてる人は分かるかもしれない。
自分のカード一枚に対して
一つのチームしか作れないという責任感。
そして一度作ったら、それを破棄出来ないという事を。

私はまだ自分のカードで
グループ名作る気にはなれない。作りたくない。
一枚につき、一つ。このルールが重くのしかかる。

涙が痛い。

『弐代目!』

…。

彼の行き先の知らない週末。
本当だったら、今頃一緒に投げに行って
一緒に夕食をとっていたのだろう。

私はこの先耐えられるのだろうか。
彼のいない夜、彼のいない毎日の生活に。

どうかお願い。

Star Light Black Limited…。
限定品の同じバレル。
私はチップもシャフトも黒一色。
彼はチップもシャフトも赤一色。

黒と赤のコントラストが
いつも綺麗だなって想いながら、家のボードを見つめていた。

二人のHOMEは秋葉原のパラダイス。
滅多に行かないってみんなに突っ込まれながら
それでもそこがHOMEなんだ。

茶髪が他の女性なんて連れていった事ないという
ホームショップ。
私も他の男性なんて一緒に行きたくない。
それが、HOME。

ダーツを矢る上で一番大切な場所。

誰にも言えない。
HOMEに行く時はいつも彼が一緒だった。
誰かに言いたい。
HOMEに彼が一緒に行くのは私だけなのだと。

ねぇ。
お願い。
この先誰も、誰と一緒に投げる時も
HOMEには行かないで下さい。

お願い、初代。
HOMEに一緒に行った女性は私だけなのだと。
お願い。

そしてまたいつか一緒に投げに行ける日を
毎日毎日じっと思っている。

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■Retrospect-ニート■

あれから一週間。
最後に夜押しかけてから
まだ一週間しか経っていないというのに
まるで時間が流れた気がしなくて
ずっとあの日のままで時が止まってしまっている。

あの雨の夜。
茶髪が家を出て行ってしまった日。

あのまま私の中の時間が止まったまま
未だに動き出せずにいる。

自業自得、という言葉が頭の中を駆け巡り
後悔以外に頭を支配する感情が浮かばない。

私はいつ、ここから動き出せるのだろう。
一緒に暮らした一ヶ月という期間は
余りにも短くて、そして余りにも儚かった。

去年一時期離れていた時、再び戻れたように
今度もまた戻れるんじゃないかと
そればかりを期待してしまっている。
周囲がそれに対しておそらく呆れてしまうくらいに
今の私の考えはなんて後ろ向きなのだろう。

分かっているけど止められない想い。
あれほどはっきりと

『もう、愛してないから』

と言われ、一緒に住んでいた時すら
苦痛だったと言われてしまったというのに。

また戻れる奇跡をいつも願っている。
もしまた戻れたら、今度こそ
同じ間違いなど起こさないのだと。
もう一度だけ、許してほしい、と。

mixiに続いて、TwitterやSkype、GREEなども
いつか切られるのではないかと
毎日携帯が手放せない。

フォローしています。
フォローされています。

の文字が、いつか
フォローしています。
フォローされていません。

に変わるのではないかと、毎日ビクビクして何度も見てしまう。
最悪ブロックされてしまう可能性だってあるのだ。

mixiが切られた今、何時間以内にログインしたという情報が
GREEでしか見られなくなった。
いつかはそれも切られるのだろうか。

自業自得。
私が犯した軽率な行動の代償は余りにも重い。
この心の痛みを、いつまで背負っていけばいいのだろう。

一度ここまで嫌いになってしまった人間が
もう一度愛されるとは思えない…。
今頃彼はきっとすっきりした気分で
毎日朝を迎えているのだろう。

きっと、一人で寂しいとも、私がいなくなった事に対して
何も思わず、もしかしたらいなくなってよかったとすら
思っているかもしれないのだ。

先週押し掛けた時、いつも開いていた
私の服の入ったクローゼットの扉だけが開いていた。
寝室の、右は彼。左は私。
一つずつ分けたクローゼット。
たったの一ヶ月の間にみるみる服は増え
シューズクロークの半分も、私の夏物のサンダルなどで
一気に侵食していった。

ダーツボードに刺さったままの私のダーツ。
彼と同じStar Light2のバレル。
彼は赤。私は黒で統一されたチップやシャフト。
マイダーツを持っていない時から
部屋で借りて投げていたから
いつの間にかそれで投げ慣れてしまっていた。

そんな今は…ダーツを投げる事すら出来ない。
試しに投げに行ってもアウトボードの連続で
ダーツ歴もうすぐ1年と思えないくらい
ひどい成績を叩き出した。

脳裏に浮かぶのは一緒に投げに行った日の想い出。
一緒に投げに行くのなんて当たり前だと思ってしまっていた
その時までの高慢な自分の態度。

当たり前に慣れ過ぎてしまった私の罪。

自業自得。
当たり前なんかじゃなかった。
もっと感謝するべきだった。
メールが返ってくる事も、一緒に投げに行ける事も
傍にいられる事も、声が聴ける事も
全ては当たり前なんていうものじゃなくて

それは特別な事だったのに。

受け入れてもらえない事に対して
泣いて、グレで、時には家出して…また泣いて困らせて。

『次誰かと付き合う時には、その人には俺みたいな想いを
させないであげて下さい』

俺みたいな想い…。
そんなに、我慢させてしまっていたんだね。

戻れない…分かっていても戻りたい。
まだ荷物もとりに行けない。
茶髪の家用にと買ったノートPC。
今もまだ、あの場所にありますか?

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■ニートの謝罪■

6月2日午前0時AM。
茶髪の部屋に久し振りに押し掛ける。

呼び鈴を鳴らして3回目に
茶髪が玄関に出てくる。
一瞬驚いた表情。
そして軽くため息をつきながら

『…入っていいよ…』

ごめんなさいと、土下座同然の私。
ここまで誰かに謝ったのは初めてかもしれない。

『愛してた。本気で愛してた。だけど、その本気の愛に
二度目はない。
俺はもう、貴女を愛していません。
一緒に暮らしたいとも
隣にいてほしいとも思いません』

それが初代の、茶髪の出した答えなら
それ以上何も言えない。

『今までありがとう』

そう言って笑うので精一杯だった。

『…俺が出て行ってから、断食だろう』

茶髪が言った。
見抜かれてるね。
私がそういう性格だって。そして次に出た言葉が

『お前のそういうところが、重かった』

ああ…そうか。
でも別に食べてないって言ってないし
勝手に決め付けないでよ。

『食べてたよ。大丈夫』

茶髪は私の頬に手を当て

『叩いてごめん。まだ、痛い?』

『大丈夫…』

『痩せてる』

『元々38キロしかないんだよ?
考えすぎ』

『みやび…俺はもう、みやびの事愛してない。
ごめん…』

茶髪の目が心なしか赤い。

『はい。大丈夫です。大丈夫…ありがとう…。
本気、でしたか?』

『ああ。本気だった。愛してた。
でも、GW直前、一緒に同棲するようになってから
俺は重く感じるようになってた…』

家事全般を仕事と同時にこなして
お昼用にとお弁当まで作る。
そういうのも善しとしないなら
もっと早く言ってくれたらよかったのに。

『それが聞けたら、大丈夫です。
私は私の態度で全てを手放してしまった。
でも、愛してた。それが本当なら生きていける。
ありがとう…“初代”愛してる』

不思議と泣けない私。逆に目を腫らしている茶髪。
こんなにツライ時なのに、何故私は泣けないのだろう。

何故、泣きながら縋れないのだろう。
茶髪は私の額に手を当てた。

『まだ、熱いか』

優しくするくらいなら傍にいてほしい。
残酷すぎる優しさは、自分が悪者になりたくないから?

あの日の笑顔が舞い散って
別れた後に涙が流れる。

『初代が泣いたのは、それだけ本気だったって事だよ』

とみんなに言われたけれど
そんなに本気だったのなら何故そのまま傍に
いられなかったのだろう。

元々は同じだったダーツのカードネーム。
今では別々のカードネーム。


『貴女は、初代が泣くほど大切だったんだと
それだけは分かってあげてほしい』

『貴女が初代を愛してたのは分かるよ。
どうしようもないくらい好きで愛してたのも分かるよ。
いつも聞かされてきたし。嘘じゃないのは分かってるつもり。
貴女が本気だったのも、今も本気なのも』

『みやび、頑張ったね。お疲れ様』
『初代も本気だったさ』

うん…。
茶髪も本気だったって言ってくれた。
その言葉があれば
私はそれだけで生きていけるだろう。

初代の前で泣くことはしない。
泣けない。

初代が泣いたとしても
私は泣かずにそれを受け止めよう。

長い茶色の髪。
その髪に手を差し伸べて
柔らかく梳く。
いつもやっていたように。

柔らかなキス。
でも、それはもう以前と同じキスじゃない。

『ごめんね、初代…もういいから。ありがとう』

私に手を伸ばそうとする茶髪に
拒みの台詞を入れる。
別にかっこいい女を演じてるわけでもなくて
円満に別れたいと言っていた茶髪の
意見を尊重しているだけ。

大丈夫。

ここまで好きになったのは
初代が始めてだった。

私がテーブルの上に置いてきた指輪は
今もまだテーブルの上にそのまま置いてあった。

茶髪が日曜の夜に家を出て、戻ってきてから
まだ二日しか経っていなかったから
もしかしたら今はもう捨てられているかもしれない。

茶髪は、一度言った事を覆すような事はしない。
そして、想い出の品を見つめながら
過去に浸るような人だとも思えない。

増えすぎた荷物は
また後日落ち着いたら取りに行こう。
本当はまだ、その時までに
なんとかなるんじゃないかと思ってしまっている。
女々しい。さもしい。

そして、荷物をとりに行く事を躊躇っている。
あそこから、私がいたという全ての形跡が消えてしまう事を
畏れている。

7号でもブカブカだった指輪。
茶髪の指輪は17号。

私はまだ、あの場所に戻りたいと思っている。

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■ニートの終焉■

終わった。

何もかも。

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■ニートの手紙

昨日茶髪の家を出る時
置き手紙をしてきたんだぉ。
内容は、和服の着物を着た女性のイラストに
ちょっとした文章。

イラストは、私は昔漫画とか描いてたから
結構得意なんだけど
茶髪に見せたのは初めてだぉ。

グラフィックデザイン科の出身で
その辺は授業でもやってたんだぉね。
デッサンの修行も週に一度あったし。

書いた内容は

『アイシテル。ごめんね。
多分暗黒の二次会から
いえ、もしかしたらもっと前から好きだった。
いつもワガママばかり言ってごめん。
傷つけてばかりでごめん。
でも、本当に愛してる…』

イラストの女性は蝶を指に止めようとしてる感じで
サラっとした感じの伏せ眼の日本女性だぉ。
ケシゴムが見付からなくて
一発書きしたから
ちょっと眉毛の位置とか修正したかったんだけどね。

今頃それを茶髪は読んでるのかな。
でも、なんの返信も感想もない。
もしかしたら置き手紙なんて古風な事
逆に引いちゃったのかもしれない。

『話すにしても時間を置きたい』

どれくらい?

『2週間はほしい』

10日とかはダメだよね?

それからその返信は来ない。
いつもは即レスだった茶髪。

『これから帰ります』
というメールに、どれほど癒されていたのか。
どれほど安心感を得ていたのか。

今どこにいるの?

そう聞けば必ず答えてくれた。

食事の用意とかあったから、時間も、場所も正確に。

でも、私が家を出てしまった今
それを茶髪が晒すことはない。

彼の中ではもう私は別れたことになっていて
私の存在は遙かに遠い。

次に会う約束も叶わない。
今までは家にいたから
帰ってきてくれるのが当たり前だと思っていた。

そんな茶髪に私は甘えすぎていたのだろう。

昔のメールやブログを読み返す。

当時は一緒に暮らすなんて考えた事もなくて
メールが一本来るだけでも一喜一憂してた。

来るのが当たり前…
一緒に住んでいるうちに、私はそんな高慢な態度に
いつしかなってしまったのか。

どうして出会った頃のようにいられないのだろう。
どうしていつしか心が離れてしまうのだろう。
どうして相手の事を考えずに、自分中心になってしまうのだろう。

どうして……?

あんなに優しかった茶髪。
あの時間はもう二度と戻らないのだろうか。

彼は別れる覚悟を決めている。
私だけが、過去の想い出に縛られて抜け出せずにいる。

もう、無理なのだろうか。
もう、戻らないのだろうか。

神様…。
もしこの願いが聞き届けられるなら
私は今自分が持っている寿命の半分を取られてもいい。

それくらい、好きなんです。

自分を救える人なんて
きっと誰一人いない。
いるとしたら茶髪一人。
誰も変わりになんてなれない。

誰かに救いを求めるなんて
それがどれほど無駄で非生産的なものなのかなんて
自分が過去の経験としてすでに分かっているものなのに
どうして自分は誰かに救いを求めるの?

自分は自分しか救えない。
そんな事誰よりも自分が分かっている筈なのに。

助けて…。
許して…。
また元の生活に戻して…。

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